百四十の限界を超えて

関ジャニ∞ヲタクの自己満語り

ヲタク以外にも知ってほしいこと。ヲタクしか知らなくていいこと。

時々そんなことを考えている。関ジャニ∞ごとだったり、他に好きなものだったりを考えているときだ。

拡散してもらいたいという意味は、つまりはたくさんの人に知ってほしいという意味であるんだけど、どうも自分の承認欲求を満たすために、自分の好きなものを使っているのではないか?と考えることがある。

それは、個人ブログを公開している人すべてに言えることだろう。

ただ、その内容が問題で。

なにかしらの「数字」「数値」とかって、正直そのヲタクしか知らなくていいよねって思う。視聴率とか、売上とか、その推移とか、そういうの知りたいけど、そういうのってヲタクしか知らなくていいと思うのだ。だって、そこ本質じゃない。それはヲタクが一番分かってる。

知りたい人だけが知れる、という風にすればいい。たとえば、ツイッターで拡散しないで、と一言言うだけでそれは効果的なものとなるだろう。

拡散されてしまったものは仕方がない。もしくは拡散することに意味を見出しているなら、良い。つまり「その情報がヲタクにも知れ渡る覚悟」をしているのなら良いと思う。その場合について考えておけばいい。ヲタクにも知ってほしいなら、張り切って拡散すればいい。『好きなもの』を宣伝する。これはヲタクの大事な仕事だと思う(もちろん特に褒められるのはボランティアスタッフであるべきだ)。

ただ先に書いた「承認欲求を満たすためにその行為をしている」場合、どうもそこまで気が回っているように思えないのだ。

例えば『好きなもの』にたくさんの『好きな人』が居る場合、そこにはたくさんの『嫌いな人』が居ると思っていい。無視すればいい。という話になるのかもしれないが、『好きなもの』に大きく影響を与えてしまうという懸念くらいはしたい。

この話を書いている本人は、例のごとくなにも考えずにキーボードを叩いているのだけれど、書いてて自分で矛盾を感じている。そんな懸念などせず、好きなこと、考えは、まっすぐ発信すればいいと思っているからだ。とくにブログなんかは。ツイッターと連動すると、面倒な人(このブログの中の人みたいな)に見つかる可能性が高いから別の話になる。

まぁ、きっと、何事も、バランスなのである。

欲求を満たされないのもストレスを感じるだろうし、拡散されすぎるのも問題なのだろう。ちなみにこの記事は広めてほしいとも、広めないでほしいとも思ってない。わりと純粋にブログをしている気分だ。(と書いて、気取っている感じ、見栄を張っている感じで、今は何かしらの欲求を解消しているんじゃないのかなと自己分析)

うまいこと、ヲタクをやっていきたいもんです。

おわり。