読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

百四十の限界を超えて

関ジャニ∞ヲタクの自己満語り

第二次ヨコヒナショック

 
2016年3月24日、ヒルナンデス木曜日MCを村上信五が卒業し横山裕のみが残留するという発表がなされた(尚、卒業自体は翌週である)。
 
卒業の理由についてさまざまな憶測が飛んでいる。
(直属後輩のジャニーズWESTメンバーがレコメン木曜日卒業の丸山の代わりに入ってくる。そして同じ二人がヒルナンデスにもくる。という事務所鬼畜の采配に対して困惑の声が上がるのは、想定されていたことだろう。無理に抑えることは無い、むしろ今言わないと後々陰湿になると感じている。)
 
しかしそれは全て憶測であり、我々ファンの目の前にある事実は「村上信五がヒルナンデスをやめる」ということ。そして「横山と村上が他のメンバーが居ない場所で二人で仕事をする姿が毎週約束して見られなくなった」ということだけである。
 

 

 
村上信五がヒルナンデスをやめることについて。
彼は仕事が絶好調なので、少なくとも彼がダメになって降板ということでは無いことだけは見えており、その分について落ち込むことは無いはずだ(しかしだからこそ、モヤモヤするものだろう)。
 
後者が問題だ。大問題だ。もう大変だ。トイレットペーパーを買い占めないといけない危機感がファンを襲ってきたようなものだ。
 
「ヨコヒナ」という概念について、ここで語りたいと思う。
ヨコヒナとはその名の通り、横山と村上のコンビのことである。(正確には村上はヒナでは無いのでその名の通りでは無かった。)
このコンビ名はデビュー前から公認のようなものであり、アイドル誌でも頻繁に使われ、メンバーも二人の名前を並べるとき「ヨコヒナ」と書くくらいには、関ジャニ∞ファンの間では認知されているものだ。
 
彼らがまるで「漫才コンビ ヨコヒナ」化したのは、ラジオの影響が強い。
メンバーは長いこと二人を「レコメンコンビ」とも呼んでいたが、レコメンをウィキペディア先生でひいてみると、横山村上の欄にはこういう記述がある。
 
『SUPER STAR QR』から引き続きの生放送の担当。1997年開始の『古本新之輔 ちゃぱらすかWOO!』から同時間を務める。
 
そう、彼らはジュニア時代からずっと二人でラジオをやってきたのだ。
その始まりは「横山だけでラジオをはじめるとき、合宿所にニノや相葉は居なかったけど、村上が居たので誘ってゲストに出したら、そのまま二人ラジオになってしまった」というものだ。
レコメンが生まれる前から、彼らはあの場所でラジオをしていた。
当時のインタビューによると、デビューする確証なんて無い時から、10年後も一緒に居るだろうとお互い確信していた、同士のような二人だ。
 
つまりジュニアとして仕事も無く、デビューまでこぎつけるも、関ジャニ∞に仕事が全然無いというキツイ時代から、彼らはいつも生放送で3時間ラジオをしていたということなのだ。
今では遠い昔の感覚にも陥るが、一週間、関ジャニ∞をどこで見ることが無くても、木曜にラジオをつければヨコとヒナが喋っていた。
同じように、この時代に一番テレビで見ることが多かったのもこの二人だ。
あのキャラクターでジュニア時代からバラエティー枠に進出していた二人は、喋りが苦手(または極度の人見知り)といった他のメンバーたちにとっては、とても頼りになる存在だ。それは今でも変わってはいない。
 
そして頼りにしていたのはメンバーだけではなかった(むしろメンバーはそれぞれ力があるし、いつまでも横山村上に甘えてられないことも自覚していたので、昨今の結果がある。)
何よりも、二人を頼りにしていたのは「関ジャニ∞ファン」だったのだ。
 
横山村上のレコメン時代は、新曲発表や発売物のお知らせなどの殆どがこのラジオで行われていた。
理由は簡単である。
生放送ラジオが1つしか無かったからで、いちいち新聞発表やネットニュースに頼れるほど関ジャニ∞が大きくなかったからだ。
当時の関ジャニ∞の速報はいつだって「ヨコヒナレコメン」だったので、関ジャニ∞ファンは多くがレコメンを聞いていたと感じている。
ツイッターが流行り出したころ、横山裕が番組冒頭で「焦らし」を始めたときは、全員ラジオ前に急いで集合!といった感じだった。発表まで3時間よく焦らされた人も多いのではないか。パッチアッパーズの情報を芸能レポーターの某上耕造がツイッターで流してしまい、番組最中に焦らしが無駄になったことも今となっては懐かしい。
また年長組である二人だ。メンバーの新ドラマになれば裏番組でも応援し、コンサートで起こった出来事について何かあるたびに補足してくれ、さらにはゴシップまでコメントしていた。サ○ゾーに小言を言ったりもしていた。自然と関ジャニ∞で何かあるたび「ヨコヒナはなんてコメントするんだろう?」と皆が考えていた。
 
あの日、あの2011年の震災のとき。
番組は全て報道番組だった2011/3/17。レコメンは放送された。
ジャニーズタレントが震災後に公に出てきて震災のことについて喋るのは、これが最初だったと思う(※曖昧な情報。生放送のラジオについてはこれが最初なのは確実)。
音楽をたくさん流していたり、余震情報がはいる中で、なかなか通常放送という感じにはなれなかったけど、あの日馴染みのある声を聴いて、多くの人がホッと息をついたと思う。当時はタクシーやトラックの運ちゃんもよく聞いていたデータがあったので、おじさんたちもホッとしたのではないだろうか。
 
その約一か月前に発表されていたのが「ヒルナンデス」である。
ヒルナンデス初回を覚えてる人ってどれくらいいるだろうか?
震災に対しての挨拶を出演者一同でしてから、始まったのだ。2011年4月といえばそういう時期だった。
 
発表当時の横山はヒルナンデスに寝坊しないか心配で、村上の家に泊まって起こしてもらおうという案をよく出していた。そうなれば前日から深夜1時まで木曜は一緒だなぁとかなんとか言っていた(気持ち悪いと却下されたが、放送が始まってもしばらくそのネタをしていた気がする)。
 
この頃になると、異常に二人で居る時間が多いことが話題になっていた。
ヒルナンデス木曜のロケは、大体があの放送後にそのまま行われている。番組も当初はコンビコーナーがあり、木曜は常に二人で居るように見えた。
本人たちも1日会わないだけで「久しぶり」と挨拶するくらいだった。
ロケでお酒を摂取したらしく、酔っ払いながら0時半ごろハイテンションでお送りするのも恒例化していた。笑い声でなにを〆ることもなく終わっていくレコメンも、それはそれでよかったのだ。
メンバーやファンからのからかわれ具合も激しくなっていたけれど、それはまた別の話。
 
そういえばヒルナンデスはきっとすぐ終わるとも思われていた!
でもレコメンはこのまま二人で続くよなぁと、「みんな」勝手に思っていた。
 
第一次ヨコヒナショックは2年後訪れた。2013年3月28日、3時間生放送終了前。
突然、横山裕がレコメンを卒業すると発表した。そして、そのまま卒業した。
お別れスペシャルもなにもなく、未だに何故卒業したのかは明かされていない。次へのステップアップというような趣旨のコメントのみだ。
村上信五がどんな顔で泣きながら喋っていたかも、誰もわからないまま。
ニュースも出ず、ひっそりと卒業した。
しかしファンはひっそりとはいかなかった。みんな理由が分からず、嫌だと泣いた。
誰も感情をうまく整理することができていなかった。
まるでヨコヒナが失われていた感覚だ。
でも関ジャニ∞から脱退するわけでもないのに……とあの頃を知らない人はきっとそう思う。
しかし同等ともいえるほどの衝撃をファンが襲っていた。
取り残された村上信五と、卒業した横山裕
番組の挨拶、横山が作った「こんばんワンツー」を、村上信五はそのあと一度も言っていないと思う。ヨコヒナレコメンは、ここで終了した。
 
その後のレコメンは丸山隆平に受け継がれた。
レコメンの存在や、当時の反響について、一番理解し、プレッシャーを感じていたのは彼だと思う。
どうやったって横山の穴は埋まらないし、同じラジオにはできない。
村上丸山のレコメンは、当時とは全く違う形のラジオになった。
しかしそれでよかったと、今思う。
今回、丸山隆平が卒業するレコメンをとても惜しく思える。違う番組だと割り切った結果だと思う。
 
第一次ヨコヒナショックは、結局のところショックを残したままの現在だと推測できる。
しかし緩和策として「ヒルナンデスを見る」ことが唯一あったのだ。
「ヨコヒナレコメンが終わっても、ヨコヒナが並ぶヒルナンデスがある」
単純にコンビとしてのヨコヒナを求めていたわけでは無く、きっと「いつだって木曜日に現れるヨコヒナという概念」を当時を知る人たちは求めていたのだ。
 
そして今日、第二次ヨコヒナショック。
私たちは「いつだって木曜日に現れるヨコヒナという概念」を失くした。
 
我々は強く生きねばならない。
今や関ジャニ∞は、わりと毎日に近いくらいテレビで見ることができる。
コンサートMCになれば、両端でヨコヒナがまわしていく。
寂しい想いは、いろんなもので解消できる。
それを失くさない努力を、増やす努力を、彼らはする。我々もしなければならない。
 
しかし「ステップアップだから」とか「上へ行くための行動」だとか「後輩を育てるのも仕事だ」とかそんな綺麗ごとや会社の都合を我々に押し付けないでほしいと思う。
ヨコヒナという概念をそんな綺麗ごとで片づけないで欲しいと思う。
我々は我々で解釈し、乗り越えるしかない。
 
変わっていくものを目撃し、ショックを受け、泣き、新たな希望を見て、上に進んでいく。
落ち込むときは、ちゃんと落ち込まないと意味が無い。
失くしたことを受け入れる時間を、我々にください。
 
 
 
あと不仲説唱える人は、プライベートは確かに二人では居ないけど、誰か一人でもメンバー(や他人)が居たら普通に一緒に飲んだり遊んだりすることや、彼らが毎年誕生日プレゼントを贈り合っていたり、メッセージを贈ったり、メールも普通にするということを調べてから言って欲しいものだと思うわけなのです。
 
 
 
あーどっかで二人で番組しないかなー。ラジオいいねー。
 
 
 
本文のBGM:私の世界