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百四十の限界を超えて

関ジャニ∞ヲタクの自己満語り

軌跡~関ジャニ∞渋谷すばるソロデビュー、アルバム発売まで

渋谷すばる 関ジャニ∞

※この記事では、単純に経済の話をするつもりはありません。

 

さて、経済の話はななめすぎてビックリしたのですが…。(何の話か分からない人は知らないままのほうが幸せです。)

思いました。
ここまで渋谷すばるが何故ソロカヴァーアルバム(2016/2/10発売、予約必須)を出せるのか、わかんない人も居るよな!経済の話は全く理解できないけれど!
いくらファンが圧倒的な歌唱力があるからだー!って言っても、大多数の事務所に所属する身。「なんであの子だけ」って思う人も居るんだろう。
渋谷すばるという名前しか知らない人は、居るのだろう。知らない人は覚えてね。

じゃあ彼がどんな段階を踏み、ソロにいたったのか。ソロカヴァーアルバム(タイトルは『歌』)発売決定までたどりついたのか、まとめようと思います。
これがうまく行けばグループに居ながらもソロデビューをしたい、グループでカヴァーアルバム出してほしい、と思っているジャニーズに道が開けるのではないか…なんて思いながら、どういう経緯があったのか。私が分かる限りで書こうと思います。

なにもいきなり降って湧いたもんじゃない。

 

 

 

 

話はソロデビュー決定よりもっと前に遡ります。どこまで?ええそうです、デビュー前まで遡ります。

渋谷すばるはジャニーズJr.がとても人気のある時代の、とても人気のあるJr.でした。
歌番組出演を境に、関西ジャニーズJr.として大勢の真ん中でマイクを持ち、一人で歌うことが多くなりました。この辺を語っているブログは多いと思います。検索すればそれらしきものが出てくると思います。

ガラスの十代です。誰しも自分を模索する中で、渋谷すばる関ジャニ∞結成よりも前に「FiⅤe」というJr.内のバンドグループと共にボーカルとして活動します。あくまで渋谷すばるとFiVeという活動でしたが、彼にとっては「FiVeとの活動がなかったらやめてたかもな」と後に語ったほどの大切な時間だったようです。

2012年のMyojo一万字インタビューで、当時の人気、将来の不安などの苦悩を語っている中で社長とは直接話しをしたわけではないけれど、自分を理解してくれたと彼は語っています。

その中で社長から提案されたのは、FiVeと共にロスで武者修行をする企画でした。
つまり、渋谷すばるメインボーカルのバンドを正式に作ろうとしていたのです、ジャニーさんが。
ジャニーさんの全米への夢は長い。
なんとチケットも取っていたそうですが……。

2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件の影響で、その企画は白紙となりました(当時を覚えている方なら分かる通り、その事件後しばらくは、十代でアメリカに行くということ自体が難しかったと思います)。

そして企画倒れのごとくFiVeとの活動も減り、当時の彼とインタビューを見る限り渋谷少年は打ちひしがれたのだと思います。

そしてあれやこれやで大阪で、同期同学年の横山・村上と一緒に舞台やったらどうや?という、これも多分ジャニーさんの鶴の一声で、関ジャニ8の前身となる舞台が開幕。そして関ジャニ∞が生まれ、デビューのときから「関ジャニ∞のメインボーカル渋谷すばる」として活動を始めます。スポーツ紙にも載ってるし今でもそう表現されるので、妄想ではありません。ジャニーさん、渋谷すばるに演歌歌わせたかったみたいです。
そのあとV6坂本昌行先輩のミュージカルにも出ていたりします。
完全な歌押しでした。

今とは違いそれまでの経緯を、当時の関ジャニ∞ファンは理解していたはずです。だから色々とグループ内の格差とか文句はあったのかもしれないけれど、認められて、よくわからないけどなんとなく「すばるだから」という認識が残り、今までその立場を保ってきているんだと思います。

勿論ファンが納得するような歌声を持っていたのもあります。当の本人は「上手いわけじゃない」と謙遜するのですが、上手いのです。しかし一度打ちひしがれている渋谷青年。性格か、自信の無さからか、「俺はいずれソロデビューして印税稼ぐんだ!」的な発言をすることはありません。

しかし当時、渋谷すばる関ジャニ∞の活動に納得していたかというと「?」です。
演歌デビューについてはデビューしてから今まで否定したことはなく、ずっとデビューできることが嬉しかった、演歌という独自性が持てた、と語っていますが…。しかし関ジャニ∞の活動自体、どのメンバーも満足してはいけないものでしたし、誰ひとり満足していなかったように思います。
渋谷すばるは、多分このあたりで「あの時、楽しかったバンドをしたい」と望んだのでしょう。そうとしか思えない出来事がありました。

渋谷すばる with FiVe LIVE 2008 FLAT FIVE FLOWERS(2008年9月)

wiki使ってるのバレバレ)

08年はまだ関ジャニ∞は迷走していたと思います。どんな風に、とはうまく言えないのですが、今ほどまとまっていなかったのかな。仲悪いわけでもなく、CDは売れるようになったのに活動が進まないことでモヤモヤとする停滞期のようなものですかね。

このFLAT FIVE FLOWERS(通称フラフラ)というFiVeとのバンド活動はwikiる限りこんな感じ。

他にBSプレミアムザ少年倶楽部プレミアムにも出演しています。
さて08年から09年の関ジャニ∞というと、グループ活動が減りました。08年のアルバム発売は無し。無責任ヒーロー売れた年です…。いや、減ったは嘘ですね。春夏とライブはやってました。映像化になってないけど………

なんで…?

無責任ヒーロー(08/10/29)発売でノリに乗ってると思ったら、急☆上☆Show!!(09/11/4)まで次のシングルが出ないんです。おのずと個人活動がメインになって、フラフラも活動できるというわけです。(フラフラのほかに、08年初旬には村上信五と二人舞台をしたりしました。イフオアの前身舞台です)

ジャニーズ事務所関ジャニ∞の色んなタイミングが合わなかったのかもしれません。でもファンは思った。「関ジャニ∞、推されないの?これからどうなるの?」

 

フラフラ、評判良かったんです。
後にライブを見た錦戸亮が、事務所に渋谷すばるソロデビューを頼んだ、というのもファン内では結構有名な話です。

だから余計に関ジャニ∞ファンの一部は思うわけです。

「すばる、脱退するの?」

勿論そう思わないファンもいました。すばるはそういう感じじゃ無いだろう。きっと他のメンバーがドラマや映画や司会をするのと、同じ感覚なんだろう。
でもフラフラに疑問の声は大きかった。
さらに言うと、当時の関ジャニ∞はシングル発売こそしていませんでしたが、ライブではバンド演奏をしていました。他のメンバーのデビュー前後からの楽器への情熱を、フラフラへ持っていかれた気がした人も多かったのではないでしょうか。

ファンだけならともかく、メンバーにも微妙な気持ちになる人は居たようです。
大倉忠義渋谷すばるは06年に二人で「すばくらコン」と呼ばれるライブをしています。ドラムを始めたころ、練習に付き合っていたという話もあります。
関ジャニ∞に入るためにドラムを始めた彼と、自分のために別のバンドを携えた彼。
結局メンバーで唯一、大倉さんのみフラフラを見学することはありませんでした。
後に本人たちが対談形式で語っていたのは、すばるはそんな大倉のことを気にしていた。大倉はその対談場では気にしていないフリをしたけれど、すばるが居ない対談場所で、実は気にしていたと告白しました。

もどかしいなぁ…!

渋谷すばる本人の気持ちといえば、関ジャニ∞を脱退するなんて気持ちは毛頭無かったようですが、そうファンに見せられなかったことは理解していそうでした。

このフラフラの演奏が収められた映像は、そのライブに出ていたジュニアが辞めたために発売中止となりました。もう発売発表してたのですが…。
ここでまた、渋谷すばるのバンド活動は一度区切りを迎えます。

(その後09年末ドリボに出演します。渋谷亀梨手越の三つ巴ドリボでした。嗚呼YOU&J

10年~12年ごろ渋谷すばるは、自身の方向性についてかなり悩んでいたそうです。彼は辛い時に辛いと語らないので、ファンがそれを知るのももっと後の話でした。関ジャニ∞が大きくなりはじめたころでもあります。
2010年と言えば、関ジャニ∞がバンドスタイルを世間に披露した時期です。
渋谷すばるがやりたいことが、グループでやれるようになった。
多分きっと、メンバーとの絆もさらに深めていった時期でした。明らかに変わったのは、関西ローカルのもはや長寿番組になりはじめた「関ジャニ∞のジャニ勉」でのメンバーの空気でした。全員でしゃべる、盛り上げる、全力で楽しむ。単純でしたが、一気に番組が面白くなった。それだけのことが、グループ内で起こっていたと推測します。
渋谷すばるだけではない、このグループの変化が、結果的にメンバーとファンへの信頼となったように思います。

関ジャニ∞がさらに大きくなりはじめます。もうローカルアイドル、コンビニアイドルと言ってられない。個人の活動も、今まで仕事が無かったメンバーがドラマや映画やCMに出るようになりました。

関ジャニ∞が、メンバーが、頼れる存在になったのです。

渋谷すばるも、関ジャニ∞のフロントマンとしての発言が増えていったように思います。無かった自信が、少し増えているように感じました。いつも「関ジャニ∞として」大きくなるには、どうしたらいいのか?そんなことを話していました。あの時々どうしたんだ?っていうパフォーマンスも、自分のアイドル離れした歌を使ってジャニーズに今まで関わらなかった人への引っかかりになればという話です。それがうまく行ってるかどうかは、五分五分な気がしますが…それも本人は分かっているんでしょう。

 

すばるくん、こんな番組に一人で出ました。プロット版の第二回のゲストでした。
The Covers(2013年10月27日、NHKBSプレミアム)
「ラブ・イズ ・オーヴァー」「スローバラード」「青春ノスタルジー」をカヴァーし大反響でした。

プロデューサーやスタッフの発言を総括すると、2013年末ごろに主演映画の話をもちかけられたそうです。

なんと、驚いた渋谷すばるは一度断った(自信無さすぎ笑えない)。

しかし企画を聞けば、渋谷すばるのために作られた企画で、歌を重視したもの。ここまで用意していただけたなら…と、逆によろしくと言ったそうです。

グループの変化、心境の変化、ファンへの信頼…ここを乗り越えて、きっとスタッフからの信頼も得たんだと思います。「すばるをソロにしよう」と思ったスタッフが居たんだと思います。映画の話を受けたあと、ソロデビューを聞かされたらしいので、自信の無い渋谷すばるをよく分かっていて、それでもデビューさせようと囲う作戦があったように思います。

そして渋谷すばるは、与えられたソロにどんな理由をみつけたのか。
いつもテレビメディアの取材の彼は、白いTシャツに武田双雲の筆文字で「関ジャニ∞」と書かれたTシャツを着ていました。
「自分のソロ活動を、グループに還元できたらいい」
そういう風にいつもどんなインタビューでも言っていました、素直に受け取りました。ライブが終われば「関ジャニ∞っていうアイドルグループやってます!よろしく!」などと、アイドル離れしたパフォーマンスをした後に呼ぶもんだから、実際フェス会場落ちのすばるファンというものが生まれてました。オランダのロッテルダムで聞いてファンになったって人なんかも。確実に、新規ファンを生みました。

その後のことはwiki見たら分かるんですが、wikiをコピペして下にまとめますね。

  • 2014年6月7日 - 7月2日 映画「味園ユニバース」撮影
  • 2014年10月13日 テレビ朝日ドリームフェスティバル2014単独出演 
  • 同年11月29日 CDソロデビュー&ライブハウスソロツアー発表
  • 2015年1月 ロッテルダム国際映画祭にて歌唱披露(ちなみにバックバンドは関ジャニ∞ツアーにもついている楽曲制作陣という豪華メンバー)
  • 20152015年1月18日-2月25日 渋谷すばる LIVE TOUR 2015(2015年1月18日-2月25日)
  • 2015年2月11日 シングル発売 記憶/ココロオドレバ
  • 2015年9月16日 DVD&BD発売 記憶~渋谷すばる

 活動のアイドルらしくなさから、雑誌展開は今までジャニーズが出たことのない雑誌から取材をうけまくりました。山下敦弘というサブカル人間大好き監督との出会いも大きく、今までジャニーズに興味の無かった人たちが、こぞって映画の感想を批評していました。シングルもDVDも合格点は出したはず、映画「味園ユニバース」の評価はとまらず、数多くの国際映画祭で上映、渋谷すばる自身も評価され、海外映画祭でジャニーズ初の個人受賞を果たしたり、肝心の事務所は寝耳に水だったようで、報告が1日遅れる事態になったり、歌番組やフェスに出て、二回目のThe Coversに出たりと、地盤を固めたように思います。

そして!

カヴァーアルバムが出るんですねー!!

natalie.mu

売り切れするんで 予 約 よろしくお願いします!!!

見てください選曲!彼、音楽すっごい好きなんですよ!大好きなんですよ!しかもお安い!!
ラジオを聞いてても、ロックからアイドルの曲から昔の曲からJ-POPコミックソング洋楽邦楽なんでもどんとこい!レコードに最近はまりまくってるから昔の曲聞くの楽しすぎて音楽ヲタク化してきたよ!って感じの彼が、歌います。

カヴァーアルバムは事務所では堂本剛さんに続き二人目ですが、確かお世話になった先輩だと思うので憧れでもあったんではないでしょうか?
誰かの作った道が、また誰かに形を変えながら繋がっていく。これがうまくいけば、いろんな企画が通っていく。そんな気もします。

以上長々読んでいただきありがとうございます。宣伝でした。

宣伝がてらに記事を引用します。

 

「自分がやりたいことだけに酔うのだけは嫌。応援してくれるファンがいてできること。感謝しながら、ファン以外の方にも見たり聴いたりしていただけるアプローチを続けていければ。グループに何かを持って帰れるような活動をしていきたいと思います」

関ジャニ渋谷すばるがサザン、松田聖子ら名曲カバー - ジャニーズ : 日刊スポーツ